渋谷区で5月20日に始まった、「渋谷区子育てネウボラ」。たくさんの家族と子育てを支える人たちがつながった<イベントレポート編>に続いて、今回はこの渋谷区子育てネウボラに立ち上げのときから関わっている3名の方に界外編集長がインタビュー。
「ネウボラって何?」という基本的なことから、「ネウボラでどんなふうに渋谷の子育ては変わる?」という深い話まで、詳しくお話を伺いました。
子育てのことを何でも相談できる!
インタビューに応じてくださったのは、事務局の渋谷区子ども家庭支援センター所長 下村孝子(しもむら・たかこ)さん、渋谷区 健康推進部 地域保健課長であり医師の後藤真理子(ごとう・まりこ)さん、渋谷区 健康推進部 生活衛生課長の豊田理香(とよだ・みちか)さん。みなさんは渋谷区子育てネウボラの担当者として、渋谷区だからこそできるネウボラのかたちを丁寧に作ってきました。
左から豊田さん、後藤さん、下村さん
インタビューは、基本的なことから始まりました。フィンランドでは、子育てを支えるしくみとしてなくてはならない「ネウボラ」ですが、そもそも「ネウボラ」とは何なのでしょうか。この質問には豊田さんが答えてくれました。
「ネウボラは、フィンランドのすべての親と子どもたちが受けられる子育て支援です。日本では妊娠すると、診察が定期的にあって、その際にお医者さんとお話をすると思います。フィンランドでは、妊娠初期から妊婦さんとお話するのはネウボラナースと呼ばれる保健師です。その後、子どもが小学校に入学するまで同じ保健師が担当していきます。
フィンランドには予防の文化があります。妊娠や出産、子育てでも、困りごとや本人が気づいていないストレスを、保健師と接することで見つけたり、必要な機関での支援を受けたり、早い段階でケアできるようになっています」
日本でも、フィンランドのネウボラは、かねてから注目されていました。ただ、実際に取り入れている自治体はまだ多くはないようです。豊田さんは次のように話します。
「日本には、もともと母子保健という、母子の健康を守るための優れた制度があります。妊婦健診や新生児訪問、乳幼児健診などがこれにあたるのですが、利用してくださっている方からすると、行政側とのつながりが途切れていると感じることがあるのではないかと思っています。
今回、渋谷区では、切れ目のない支援を実践するフィンランドのネウボラを取り入れるにあたり、名称もあえてそのまま『渋谷区子育てネウボラ』として広めていくことにしました」
フィンランドの保健師は、お母さんや家族にとって、何でも相談できる相手になっていますが、渋谷区でもそうなっていくのでしょうか。
「はい。どんなことでも相談してほしいですね。何か困ったことがあれば、保健師が窓口になって、その方にとって必要な情報や機関におつなぎします。もちろん相談がなくてもただ話したいでも、いいです」
特にはじめての妊娠や出産のときって、何がわからないかもわからない。誰に相談すればいいかわからないことってないですか? わたしはそうでした。妊娠して、出産して初めて現実を突きつけられて、「こんなに大変だったなんて!」と頭をかかえる思いをする。かわいいんですよ、かわいいんです、子どもは。でもかわいいと思うからこそ、ギャップに苦しむ。
そんな時期に、しかも苦しみすぎる前に、何でも話せる相手ができる。なんて心強いのでしょう。
さて、話は「渋谷区らしいネウボラ」へと続きます。
秋頃にはLINEからも予約OKに。子どもが18歳になるまでサポートが続く
渋谷区子育てネウボラが広がっていくためには、「保健師の存在をもっと知ってもらう必要がある」と豊田さんは話します。
ネウボラには欠かせない保健師。赤ちゃんから高齢の方まで健康面をサポートするスペシャリストなのですが、たしかに子育て中、なかなか接する機会はないように思います。では、渋谷区子育てネウボラでは、どんなふうに保健師と出会うことができるのでしょうか。
「保健師がすべての妊産婦さんとお会いする場を作りました。一人の妊婦さんに対して、地域の保健師が担当になり、子どもが18歳になるまで子育ての伴走者としてお話したり、見守ったりします。具体的には、妊娠届けをお出しになった後、渋谷区にある3か所の保健相談所に予約をしていただき、1時間ほど保健師とお話していただきます。妊娠16週から32週の間になります」
ただ、平日は仕事が忙しくて行けないという方も多いと思います。そういった場合はどうすればいいのでしょうか。後藤さんが答えてくれました。
「予約は電話からだけでなく、秋頃をめどにLINEからも予約できるようにしたいと思っています。保健師とお話いただく日は平日のみとしています。妊娠、出産はその方にとって大きなライフイベントですし、すごく大事なことだと思います。平日の1時間、お時間を取るのは難しいかもしれませんが、できる限り、保健師に会っていただけたらうれしいです」
子ども1人ひとりに届く、行政からの「おめでとう!」の育児パッケージ
フィンランドのネウボラを象徴づけるものに育児パッケージがあります。これは、子どもが産まれる前に、肌着やベビー服などの育児グッズが届けられるというもの。入れ物はベッドとしても使うことができます。渋谷区でも、出産前にこの育児パッケージが子ども一人ひとりに贈られるのだそうです。育児パッケージを企画から担当したという、後藤さんが説明してくれました。
「渋谷区から『おめでとう』というお祝いの気持ちを込めてお贈りします。渋谷区オリジナルデザインの布製の入れ物に、肌着、ベビー服、スタイ、ガーゼハンカチ、バスタオル、体温計、爪切りやおもちゃなど、育児に必要なグッズがそろっています。特に入れ物は長く使っていただけるように、デザインにとてもこだわった渋谷区オリジナルのものです。おむつを収納するケースにするなどいろいろ使っていただけます」
育児パッケージでは、衣類やおもちゃなど計20点が贈られます
渋谷区のオリジナルデザインが施された入れ物
「赤ちゃんが生まれるのはうれしいけど、何が必要なのかわからない」というお母さんのために作られた育児パッケージ。実家が遠くて、自分の親を頼れないという家族も多いなか、こうした取り組みはとてもありがたいし、こんなに心のこもったパッケージが届いたら、温かい気持ちで出産を迎えられそうですよね。
赤ちゃん訪問では、ありのままを見せてほしい
では、保健師さんに会って、パッケージを受け取って、出産した後、今度はどのタイミングでお母さんは保健師さんと会えるのでしょうか。
「赤ちゃん訪問、乳児健診、その後の健診のタイミングで保健師とお会いいただきます。そしてこれまではなかったのですが、5歳ごろまで、お誕生日のときなどに行政からご連絡させていただければと思っています」
「赤ちゃん訪問」という言葉が出たとき、界外編集長が自身の経験をふりかえって言いました。「実は、自分が赤ちゃん訪問を受けるとき、子育てが間違っていないかどうかチェックされるんじゃないか、と不安を感じていたんです。そんなお母さんも少なくないのではないでしょうか」。この声に答えてくれたのは、後藤さんです。
「そうなんです。保健師が伺います、と言うと、『じゃあ、おうちを掃除しなきゃ』と思われてしまうこともあります。保健師はお客さんではないので、ありのままを見せてほしいと思うのですが、言うほど簡単なことでもないですよね。
ただ、保健師はあくまでもご相談を伺うという姿勢でいます。また、困っていることをお話いただけるような場をつくるのも、保健師の大切な役割だと思っています。今、外部の講師の方をお呼びした講習を開く、人財育成ワーキンググループを立ち上げるなど、保健師を育てる体制も進めています」
「妊娠しているときに話を聞いてくれたあの人が来ると思えるだけでも、気持ちがラクになるかもしれないですね」。そう界外編集長が話すと、後藤さんは言いました。
「顔の見える関係って大事ですよね」。
こんなサポートも!渋谷区の子育てサービスへつなぐ
渋谷区にはさまざまな子育てサービスがあります。渋谷区子育てネウボラでは、調べてみないとわからないサービスも含めて、保健師さんがコーディネーターとなってつなげてくれるそうです。下村さんが話してくれました。
「たとえば冠婚葬祭があるのだけれど、近くに実家がないというときには、区が委託した施設などがお子さんを預かる『ショートステイ』をおすすめできます。ママ友がなかなかできないという方には、乳幼児を連れたママたちが集まる子育て支援センターをご紹介できますし。
妊婦さんのときの面接で、うつかもしれないと保健師が感じとったときには、子ども家庭支援センターにつないでもらったりします。うつはさまざまな原因が入り混じって起きるものなので、子ども家庭支援センターのスタッフがお話を伺うところから丁寧に対応していくという、そんな関わり方もします」
子どもの発達について、「うちの子、言葉が遅いかも」「まだ歩き始めないけどどうすれば」という心配事をもったときには、子ども発達相談センターで一度専門家にみてもらう。そこでその子なりの発達のペースなのだとわかれば安心できるし、疾患が見つかれば早期発見につながる可能性が高い。
「私たちは保健師を中心にチームとして、お母さんお一人おひとりをサポートしていきます」(下村さん)
豊田さんが続けます。
「フィンランドにもあるのですが、渋谷区でも子どもの専門的な相談ができる機関が、1つの建物に入るようにしました。それが、5月20日に完成した第二美竹分庁舎になります」
「一つの建物に来るだけで、何かあれば、じゃあ、今からそちらの階に行きます!とすぐに行けるなど、お待たせすることも少なくなると思います。このことも渋谷区ならではの大きな特徴だと思います」(下村さん)
子育ての孤立化を本気で防ぎたい
インタビューを続けていくなかで感じたのは、みなさんのお母さん、そしてお子さんたちに対する温かくて熱い思いでした。
「この渋谷区子育てネウボラはどんなふうに渋谷区の子育てを変えていくのでしょうか」という界外編集長への答えにも、その思いが表れていました。
まずは下村さんが話します。
「私は普段、子ども家庭支援センターの職員として東京都児童相談センターと連携しながら、虐待や養育困難などの環境に置かれた子どもたち、親御さんたちへの対応をしています。特に感じるのは、子育ての孤立化が進むなかで、理想の子育てができないことに対して自分を責めるお母さんたちが多いことです。
子育てって思うようにいかなくて当たり前なんです。でも、そう言ってもらえるおばあちゃんも近所のおばさんもいない。そのなかで、LINEで予約できるように、今の時代にあったかたちで、その人にあった寄り添い方で、サポートできたらいいなと思っています。
今のお母さんたちって本当に一生懸命頑張っているし、努力しています。パパも頑張っているけれど、なかなかお母さんのニーズに合わせることができない。そういったことを、講座やイベントを通してフォローしていけたらとも思います。そして、お母さんが自分のペースで子育てできるように、でも、『助けて』って言えるような環境をつくりながら、お子さんの特性を活かしながら、家族の子育てを尊重しながら、社会みんなで子どもを育てていけたらと思っています」
続いて、後藤さんが話してくれました。
「保健師たちの活動をみていくなかで一番の課題だと感じているのは、子育ての孤立化です。特に渋谷区は、仕事でも責任ある立場で頑張っていらっしゃる方が多いと感じます。一方で、ある程度年齢を重ねてから出産される方も多くて、その場合、親御さんも高齢になっていることで頼れる環境がない、ということにつながりやすくなります。たったひとりで理想と現実とのギャップに苦しんでいる方が多いのではないだろうか、という心配があります。そんな孤立した状態を防ぎたい。まずは保健師のことを知り、ぜひ頼っていただきたいです。
また、子どもが産まれた直後って、かなり大変ですよね。産後、自分のお母さんが頼れないという場合には、2018年から始めた宿泊型産後ケア事業という産後のサービスもありますので、ぜひ活用していただきたいです」
最後は、豊田さんが語ってくれました。
「家族だからこそ打ち明けられない悩みや、お母さんとして頑張ってやっていくんだ、という思いからの悩みがあれば、一度、保健師に話してみていただきたいです。こんなに頑張っているのに、誰からも『頑張ってるね』と言われない孤独感や、うまく子育てできないことで自分を責めてしまう気持ち。
特にはじめての出産では、子どもも親も何もかもが初めてです。なのでうまくいかなくて当然なんです。そんなお母さんをお手伝いさせていただきたい。『今日はこんな天気だけど、どんな服を着せたらいいの?』、『まだ母乳あげてるんだけど大丈夫かしら?』などどんなことでもいいんです。保健師に会って、『この人に言えばいいんだ』と思ってもらえるだけで、子育ても何か変わると思うんです」
本当の意味の、暮らしやすさ
昔は、家族の中にいろいろな世代が同居するのが当たり前でした。しかし、核家族化が進み、血縁関係のある家族だけでは支えきれないものになってきました。渋谷区はその代表的な街。だから、これからは、行政として、地域として子育てを支えていく。渋谷区子育てネウボラには、渋谷区のそんな決意が表れているように感じました。
「仕事をバリバリにやっていた人が、赤ちゃんが泣き止まなくて、ご飯も食べられないって。すごく大きなギャップですよね」と界外編集長が言うと、「おむつも変えられない、ああ、ごめんなさいって。みなさん勉強するんですよ。でもうまくいかない」と豊田さん。
「うまくいかなくて当たり前なんですよ、というところがうまく伝わればいいなと思っています。渋谷区では目標が高くて、生まれる前から18歳までなんでも相談ができる、というところまでしくみを作りました。このことも渋谷区の大きな特徴のひとつですね」と下村さん。
「暮らしやすさってそういうことですよね」という界外編集長の言葉で、インタビューは終わりました。
子育てがしやすい街は、住民みんなにとって暮らしやすい街でもあります。もともと子育て支援が充実していた渋谷区ですが、渋谷区子育てネウボラが始まったことでますます「この街で子どもを産んで、育てたい!」という人が増えそうです。これからも、渋谷区がどんな街になっていくのか、楽しみです。
渋谷区役所 第二美竹分庁舎
住所/東京都渋谷区渋谷1-18-21
アクセス/JR渋谷駅東口から徒歩7分
東京メトロ渋谷駅13番出口から徒歩2分
開庁時間/8時30分~17時(土曜日・日曜日、祝・休日および12月29日~1月3日を除く)
TEL/03-3463-2409(中央保健相談所)
03-3463-3748(子ども家庭支援センター)
インタビュー/界外亜由美(かいげ・あゆみ)
シブヤ散歩新聞・編集長。クリエイティブ・ディレクター/プロデューサー/コピーライター。三重県の伊賀市、忍者の里出身。ちなみに、界外(かいげ)は本名です。東京に来て10数年目。いつ来てもワクワクする渋谷の街が好き(いまだに渋谷駅で迷う。方向音痴……)。興味のあるジャンルは料理、酒、発酵、お笑い、短歌、絵本、子育て。シブヤ散歩新聞ではレアキャラ的頻度で執筆予定。
Twitter Facebook note Instagram
テキスト/たかなしまき
フリーライター。OL、業界紙記者、海外ガイドブックや美容雑誌の編集者を経て、現職。愛媛県で生まれ育っていた時から都会に憧れていたわたしにとって、渋谷界隈は歩いた分だけ東京のおもしろさに出会える街。現在、神奈川県在住ですが、何かと渋谷や表参道に出没しています。ふらーっと路地に入って探検したり、人間観察したり、気の向くままに歩くのがお気に入り。