新緑が鮮やかな薫風が吹く季節となりました。今回は渋谷にある鎮守の森、「渋谷氷川神社」にやって参りました。
“渋谷最古の神社”と渋谷に残る鎮守の森
渋谷坂散歩No.10で紹介した「桜横町」を抜けた先、「渋谷図書館入口」の信号機があるT字路の横断歩道を渡ると、渋谷氷川神社の北口(*1)があります。
正面からではなく、あえてこちらから入ってみましょう。
鳥居まで、けっこうありますね。木が初夏の日差しを遮ってくれています。
北口からの鳥居をくぐると、参道から社殿への階段の踊り場のようになっていて、左の石段を上ると拝殿へと続いています。
ここで氷川神社の歴史について。
むかしは「氷川大明神」と呼ばれ、旧下渋谷村・下豊沢村の総鎮守として篤く信仰されてきました。詳細は不明ですが、かなり古い時代に創建された神社と考えられており、慶長10年(西暦1605年)に記された渋谷区指定文化財の『氷川大明神并宝泉寺縁起絵巻』によれば、景行天皇のとき、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征した際に素盞鳴尊(スサノオノミコト)を勧請したのが始まりといいます。こうした由緒から、氷川神社は“渋谷最古の神社”とされることがあります。
弘仁年間(810~824年)に慈覚大師こと円仁が宝泉寺を開基し、それ以後は当社の別当寺となりました。慶長(1596~1615年)の頃に社殿を建立し、その後たびたび修復され、享保19年(1734年)発願、同21年(1736年)に社殿が再建されました。現在の社殿は昭和13年(1938年)に氏子町内の寄付によって建造されたものです。
なお、江戸時代の地誌には金王丸の信仰が篤かった、源頼朝によって勧請された神社である、などの記述も見られます。
拝殿の近くにある東口(*2)を出れば国学院大学があります。どうやら学生たちの抜け道になってるようです。
その東口の鳥居の外には、こんな標識が。境内全域が渋谷区の保存樹林に指定されているとのことです。ちなみに、この標識に主な樹種として記されているケヤキの木は、渋谷区の木でもあります。
標識のすぐ前から東口の鳥居をパシャ!枝がすくすくと伸びています。
再び境内に戻り、正面口(*3)に向かいます。
鬱蒼とした喬木の茂みが、鎮守の森の雰囲気を醸し出しています。
いま参道を覆っている木々は広葉樹ですが、むかしは針葉樹でした。
じつは、氷川神社にある鎮守の森は何度か危機に遭遇してきました。明治期に発電所の煤煙や住宅の建設により、昼でも暗かったというスギの密林は、しだいに失われていきました。さらに大正9年(1920年)に関東を襲った暴風雨により壊滅、また樹齢数百年をほこるマツなどの木が100株以上も倒されたといわれています。
氷川神社の正面口の方向には、渋谷清掃工場の煙突が見えます。あのあたりに、針葉樹林に大きなダメージを与えることとなった発電所が明治38年(1905年)に建設されたとのこと。
その後、氏子たちが境内にイチョウなどの木を植えていきました。こうして、近代化・都市化の過程で木は煙害に強い種類に植え替えられ、森は少しずつ違った形態へと変わっていきました。その結果、現在の新たな鎮守の森となったのです。
落葉というと秋から冬にかけてのイメージがありますが、ちょうど取材時に、神職の方が拝殿近くで地面に落ちている大量の葉っぱを丁寧に掃き清めていらっしゃいました。これだけたくさんの木があると、掃除ひとつ取っても、さぞかし大変なことでしょう。
ですが、いくたびの危機を乗り越え、都心の渋谷にいまなお残る、この貴重な鎮守の森をいつまでも守っていってほしい。境内にある樹木を見上げながら、つくづくそう思いました。
【余談】
江戸時代の観光ガイドブックともいうべきものに『江戸名所図会』(えどめいしょずえ)があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション 江戸名所図会7巻.[8]コマ番号30(JPEG表示)(*4)
その「渋谷 氷川明神社」の絵には、かつての氷川神社の鎮守の森が描かれています。
(*5)
そのなかに「神木」と書かれている松の木があります。このあたりの地名「常磐松」のもとになった「常盤松」とされています。この松の木も、やはり明治の頃に枯れてしまい、さらに先の大戦で焼失してしまったので現在はその姿を見ることはできません。
しかし、それにあやかって植えられた松の木と「常盤松の碑」が、渋谷氷川神社から北東へ歩いて5~10分ほど、白根記念渋谷区郷土博物館・文学館の向かい側あたりの歩道にあります(東京都渋谷区東4丁目9-1)。興味がある方は、こちらも見て回られることをオススメします。
【註】
*1~3.「北口」「東口」「正面口」は、渋谷氷川神社の案内図などに記されているわけではなく、筆者による便宜上の呼称です。
*4、5. 写真は「国立国会図書館デジタルコレクション」のアーカイブ「江戸名所図会7巻.[8]」にある画像を加工したものです。
【参考文献】
『渋谷区の歴史』(東京ふる里文庫11、名著出版、1978)
『渋谷区史跡散歩』(東京史跡ガイド⑬、学生社、1992)
『渋谷学叢書2 歴史のなかの渋谷』(國學院大學 研究開発センター渋谷学研究会、雄山閣、2013)
『渋谷学叢書3 渋谷の神々』(國學院大學 研究開発センター渋谷学研究会、雄山閣、2011)
『渋谷むかし口語り』(渋谷区教育委員会、2003)
【参照URL】
「国立国会図書館デジタルコレクション」http://dl.ndl.go.jp
イト・タクヤ
フリーライター。歴史、神社・仏閣めぐりが好き。基本は部屋に引きこもり、たまに渋谷区内を徘徊。「普段は渋谷の街を歩くことのないシブヤ初心者」として、常にフレッシュな視点からの執筆を心掛けている。というか、事実そうなので、そういう文章しか書けないというのがホンネ。シブヤ散歩新聞では、シブヤ坂散歩をはじめ、渋谷の街の歴史や文化等にまつわる記事を担当している。