視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚は「五感」と呼ばれる代表的な感覚ですが、実はこの中の「触覚」が表している身体の感覚には、いくつもの感覚が含まれていることをご存知ですか？　皮膚や、関節、内臓、筋肉に分布している様々な感覚器官が、身体の中に散りばめられていて、身体が動く感覚を脳に伝えています。

どうしてこんな話で散歩記事が始まるのか・・・？と不思議に思った方もいらっしゃると思います。実は、散歩は、感覚を育てるとてもいい方法なんです。

蝉時雨の中で歩くと感覚が統合されていく

朝６時すぎの代々木公園、ドッグランの近くから散歩をスタートしました。日陰の温度は２８度。暑くなりそうな予感はあるものの、まだまだ涼しい早朝です。今回は代々木公園の芝生広場に近い内側のウォーキングコースを歩くことにしました。近くでは、太極拳で身体をほぐすみなさんがゆったりと動いています。

歩き始めるとすぐに、蝉時雨に包まれました。

セミの声が、四方八方から聞こえてきます。手の届くような場所から、梢枝の先の目に見えないところから、文字通り雨のように音が降り注ぎます。聴覚は視覚よりもずっと広い範囲の情報を得ることができる感覚です。たくさんのセミの鳴き声の中からミンミンゼミの「ミーンミンミン」という音を探そうとして、思わず目を閉じました。

聴覚は、空気の波である音を鼓膜で受け取って、いくつかの構造物を経て脳へ波の様子を伝えています。空気の波なので、歩いて音源に近づいたり、逆に音源から遠ざかったりすると、耳に届く波の形が変化します。救急車が近づいてくるときと遠ざかるときとでは音が違うように、セミの声も少しずつ音の波の形を変えながら私たちの耳に届いているわけです。

この「動き」と「音」の感覚の連動が、身体の感覚を整えていきます。動けば音が変わる。景色（視覚）も変わる。心拍が上がって内臓の感覚も変わっていく。脳に届く様々な情報が統合されて、動いている身体と周囲の情報を一致させていくのです。

スポーツジムのウォーキングマシンで酔ったことのある人はいませんか？　歩いているのに変わらない景色、スピードを上げても変わらないイヤホンの音、そういったものが脳に違和感を感じさせている証拠です。同じ「歩く」という行為でも、自然の中で動くこととマシンの上で動くこととでは、身体の機能の使いかたに大きな差があるのです。

集中せずに歩いてみよう

音の変化が気持ちいいなあと思いながら歩いていると、だんだん眉間が緩んでくるような気がしました。少しずつ、普段スクリーンを凝視している眼の筋肉も柔らかくなってきます。すると、いろいろな景色が見えてきました。

太くて大きな木の表面に生える植物やキノコ、そして足元の花にぶら下がるように羽化したのであろうセミの、抜け殻。聴覚に集中したことで、普段酷使している視覚に余裕が出てきて、視野が広がったようです。少しずつ高く昇ってきた太陽が、とても眩しく感じられました。

ぶらぶら歩いて約25分の散歩、すっかり気持ちも感覚もリフレッシュされて、うっすら汗ばむことで身体にもスイッチが入りました。長い梅雨が明けてからの猛暑、運動不足を感じている人も多いと思います。エアコンの効いたスポーツジムもいいですが、たまには五感全開で、外をゆっくり散歩しませんか。

水分補給も、忘れずに！

得原藍（えはら・あい）

理学療法士／一般社団法人 School of Movement ディレクター。
子育てしながら運動科学の専門家として、身体と環境と生活の関係を考える日々を送る。
たのしいマイニチのために人生編集中。
TEXT aiehara’s web