渋谷レジェンド散歩とは
渋谷の街で、数十年。人々に愛され続けた歴史を誇るお店や会社をご紹介するのが、「渋谷レジェンド散歩」です。渋谷といえば「若者の街」といわれますが、実は、長きにわたって活躍している人や商品、サービスがたくさんあります。そんな渋谷の意外性ある魅力をお届けしていきます。
代官山の地で今年52周年を迎えた定食屋「末ぜん」。
古くから地域の人に愛され、街に新しいショップが増えてからは代官山で働く人たちにも愛されてきました。
創業者・堀井末吉さんの後を継ぎ、店を守っているのは二代目の肇さんと三代目の健太さん。毎朝6:00に店を出て築地まで仕入れに行き、8:00ごろお店に戻ると、そこから仕込みを開始。12時前になるとお客様が次々と回転する忙しいランチタイムが始まります。
筆者は代官山ではなく熊本で社会人生活をスタートしたのですが、当時ランチタイムに頻繁に訪れていたのは、「末ぜん」と同じような定食屋さんでした。先輩や仕事仲間と足を運んでは必ずサバ塩焼き定食を食べていたのを覚えています。よく一緒に行っていた女の子は、いつもご飯をお代わりしていたなー、なんて懐かしく思い出しましたが、「末ぜん」でもランチタイムのお客様の半数は女性だそうです。
お味噌汁におしんこ、大根おろしや卵焼き、日替わりのおかず。ヘルシーでバランスの良い定食は、日本人にとって最強のアイテムですね!
オシャレで特別、言葉を変えればお値段的にもジャンル的にも“非日常”の食事を提供してくれるお店が多い代官山の中で、いつものホッとできる、でも家で食べるよりも格段に美味しい定食を提供してくれるお店。だからこそ、たくさんの人がその味を求めて訪れるのでしょう。
“普通の味”といつものお客さんを大切に
きっと、初代の末吉さんの頃から引き継いでいるであろうこだわりや一手間があることでしょう。そう思って健太さんに聞いたところ、こんな言葉が返ってきました。
「うーん、なんですかねえ。多分、あんまりこだわりないんじゃないすか。サバも築地に行けば誰でも買えますし。親父は昔の人なので、感覚で調理するんですよね。なので毎回、絶対に少しずつ違うと思うんですけど、それが親父の味なのかなー」
なるほど、かえってそういうものなのかなと思って聞いていたところ、健太さんが思い出したように言いました。
「あ、でも親父はよく『普通を作ってる』みたいなことを言うんですよ。『今は普通の味が食べられないから、普通でいい』って。うちは特に目立ったこともないし、味も普通ですけど、こういう感じが好きなお客さんが来てくれているのかな、という気がします」
普通。だからこそ飽きないし、いつでもそこに戻ってきたくなるのだと思います。
実は20年ほど前、生姜焼きで「どっちの料理ショー」、牛丼で「チューボーですよ!」に出たこともあったとか。でも、テレビに出た後は新規のお客さんが押しかけてきて、いつも来てくれていたお客さんたちがお店に入れなくなってしまった時期が続いたそうです。
以来、二代目の肇さんは「常連さんを大事にしたいから」と言って、基本的にはテレビに限らず、Webサイトや雑誌の取材も基本的に断っているそうです。(今回は取材にご協力頂き、心より感謝です!)
いつもの味を、いつものお客さんたちに味わってほしい。その思いは、三代目の健太さんにもしっかりと引き継がれています。
50周年Tシャツ“RICE PARADAISE”
さて、健太さんや肇さんが来ているTシャツ、とても気になります。
箸を持つ手のデザインが斬新! そして、末ぜんの文字の下には“RICE PARADAISE”という文字が入っています。
このTシャツ、2年前に末ぜんが50周年を迎えた時に、マルチクリエイターの野村訓市さんにデザインしてもらったものだそうです。「いつもお世話になってるから」とコピーとデザインを考えてくれたのだとか。ここにも、お客さんとの温かな関係性が垣間見えます。
数量限定で作ったTシャツはあっという間に売れ、メルカリで転売までされたとか。最初は「めんどくせーな」とちょっと抵抗していたという肇さんも、今では毎日来て厨房に立っています。
30年以上前の写真。ここはどこ?
話が昔の代官山の様子に移った時、健太さんがこんな写真を見せてくれました。
こんもりした緑。どこの夏祭りでしょうか。
この写真にも、緑がこんもり。右下を見ると、1987年に撮影された写真ということがわかります。
そして、下の写真の中央に写るのが幼き頃の健太さんです。
ラムネを手に、THE・夏祭り!といた感じの写真ですね。
健太さん、これはどこで撮影された写真でしょうか。
「代官山アドレスができる前にあった、同潤会アパートです。自然がいっぱいだったので、クワガタムシとかカブトムシとか、よく取りに行ってたんですよね。お店兼自宅を改装する時に、半年ほど住んだこともあります。敷地の中に銭湯もありましたし、穴は埋められていましたけど、防空壕もありました。
「今、代官山の蔦屋書店があるところは、NTTの社宅でしたし、昔の代官山は、今と風景が全然違いましたね。1996年に同潤会アパートを取り壊して代官山アドレスができるとなった頃から、どんどん街が変わっていきました」
この写真が1993年ですから、同潤会アパートが壊される3年前です。もう25年以上も昔なのですね。
変わりゆく代官山で、守り続けていきたいものとは
この二十数年で大きく変わった代官山の街。その変わりゆく街の中で、末ぜんの肇さん、健太さんをはじめ、地域の人たちが大切に守っているものがあります。それは地域のお祭りです。
健太さんも毎年9月には、氷川神社のお祭りで御神輿を担いできました。
今でも変わらず、担いでいます。
中央が肇さん、右が健太さん、左が健太さんの弟さん。祭が似合う、カッコいい親子です。
肇さんは、法被に名前がある「親交睦會」の会長5年目、健太さんは青年部長3年目、とのこと。
やはり祭は、地域にとって欠かせないものなのでしょうか。
「祭は、地域の人たちのつながりの中心にあるものかな。僕も祭を通じて地域の人と知り合ってきましたからね。古いアパートや社宅がなくなって昔から住んでいる人がいなくなっていく一方、新しいマンションが次々とできて、新しい住人の人たちも増えています。新しい人たちはなかなか町会には入らないので、町会のメンバーはどんどん減っています。
でも、小さい頃から参加してきて、これから先もあって欲しいと思う。もう、意地ですよね(笑) 意地でも町会を残してやろう、ぐらいの気持ちでいます。自分が育った街がどんどん変わっていくのは、寂しいっすから」
話の中で、何度か「寂しい」という言葉を口にした健太さん。それだけ、代官山という街や地域のつながりに愛着を持っているということでしょう。
健太さんは、まだ35歳。代官山の地でこれまで生きてきた年月の倍以上の年月を、まだまだここで過ごしていくことになります。変わりゆく街ですが、こうして昔ながらのつながりや祭礼を守ろうとしている人たちがいることは、この街にとっていかに心強いか。
祖父・末吉さん、父・肇さん、健太さん、とつながってきた末ぜんは、健太さんの子どもたちへもつながっていくのかもしれません。いつまでも地域の中でほっとできる存在、変わらぬ存在であり続けることを願っています。
【店舗情報】
末ぜん
住所/渋谷区猿楽町20-8
TEL/03-3461-8234
営業時間/月〜金:11:00~14:30、18:00~20:30
土:11:00〜14:30
定休日/日曜日、祝日
平地紘子(ひらち・ひろこ)
シブヤ散歩新聞・副編集長。フリーライター/ヨガインストラクター。10年以上お堅い新聞記者だったのに、3年間のアメリカ生活でヨガインストラクターに転身。でもやっぱり、書くのも好き。かなり色黒なので「サーファー?」と聞かれるけれど、見かけ倒し。スッピンのまま自転車で中目黒界隈を駆け抜けているだけです。ヨガウェアで魅せる筋肉美が最近のプチ自慢。フィットネスやマッサージなど、体にいい情報をお伝えします!
yoga teacher HiRoko HiRachi