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渋谷レジェンド散歩No.12 変わる街、変わらぬ味と人 道玄坂「花菱」<後編>

渋谷レジェンド散歩とは
渋谷の街で、数十年。人々に愛され続けた歴史を誇るお店や会社をご紹介するのが、「渋谷レジェンド散歩」です。渋谷といえば「若者の街」といわれますが、実は、長きにわたって活躍している人や商品、サービスがたくさんあります。そんな渋谷の意外性ある魅力をお届けしていきます。

道玄坂で長く愛されてきたうなぎの名店花菱さん。前編では、花菱さんのうなぎを堪能しつつ、そのおいしさの秘密をお伝えしました。後編は、お店が歩んできた歴史と、その中で大切に守り続けている花菱の味、思いに迫ります。

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一子相伝の秘密だというタレは、少し甘めの上品な味わい

疎開先にも持っていった「秘伝のタレ」

3代目当主の阿部晋一さんに、花菱の歴史について伺いました。

阿部さん:大正十年の道玄坂界隈の地図を見ると「鰻食堂」の文字が見えます。花菱の前身ですが、祖父の兄がそこを譲り受けたようなんです。我が家はもともと岐阜の出。名古屋で市役所勤めをしていた祖父が兄に誘われて上京し、花菱を始めました。

花菱が開店したのは昭和の初め。日本はその後、長い戦争の時代に突入します。

阿部さん:ある日突然、店に軍人さんがやってきて、「明日からこの建物は軍隊の兵舎とする。」と宣告されたんだそうです。郷里の岐阜に疎開することになり、うなぎのタレの入った壺を持っていったと聞いています。
もうその頃にはスクランブル交差点のあたりなんか一面焼け野原です。たいへんな時代だったと思いますよ。

戦後、タレとともに道玄坂に戻った阿部さんの祖父母は、どのようにお店を再建していったのでしょうか。

阿部さん:空襲で店の建物も焼けちゃって、何もないところからの再建ですから本当に大変だったと思います。ぼくの子どもの頃には円山町にも料亭をもっていて、祖父母はとにかく忙しそうでした。祖父だけでなく祖母もうなぎを割いてましたしね。ふたりとも明治生まれですから、気合の入り方が違いますよね。

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店内に飾られる斎藤茂吉の歌からも、店の歴史が伺える

商店街からビルへ。道玄坂の変化を見ながら育った

渋谷で生まれ育った阿部さんご自身の思い出を伺いました。

阿部さん:僕が小さい頃の道玄坂は、いわゆる普通の商店街。魚屋、お茶屋、肉屋や呉服屋、果物屋もありました。どこの家も、一階は店で二階が住居になっていました。うちも、家族だけでなく女中さんや職人さんも住み込んでいましたから、とても賑やかでした。
今はホテル街になってる一帯には、昔は料亭がたくさんありました。東急やこの辺りの会社のお偉いさん方がうちでうなぎを食べて、その後料亭へ行って芸者さんを呼んで、というような流れがあったんですよね。家の中も、街自体も、賑やかな時代でしたね。

そんな商店街が続々とビルに建て替えられていったのが、昭和40~50年代頃のことです。

阿部さん:向かいの新太宗ビル、今のプライム、109と、ビルが次々と建ち、街が変わっていきました。今も「道玄坂商店街振興組合」として名前は残っていますが、商店として経営を続けているのはうちを含めごくわずかです。

多忙な祖父母や両親の姿を身近に見ながら育った阿部さん。自身も、店のお重を拭くなどの手伝いをしていたといいます。お店を継ぐのも自然な成り行きだったのでしょうか。

阿部さん;小さい頃、父がバイクに乗って雨ガッパで出前に行くのを見ていたんです。「こんなに寒くても行くんだな。これはやっていかないといけないことだろうな。」と自然に思いましたね。大学卒業後、はじめは出前要員としてスタートし、それ以降ずっと経営に専念しています。
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阿部さんと、現役で「花菱」を支え続ける母の泰子(たいこ)さん

変わらぬ「花菱の味」を提供し続けるために

花菱では今、息子の展大(のぶひろ)さんが修行から戻り、お店に入っています。花菱の味の後継者ができたのは心強いですね。

阿部さん:実は、タレの配合を知っているのはぼくと息子だけなんです。息子には、ぼくが父から教わったものを、同じように伝えています。

秘伝のタレの継承。いったいどんなふうに行われるものなのでしょうか。

阿部さん:案外あっさりしたものですよ。父に教わった時も、ある日、何気なく「はい、やってみな」と言われて(笑)。でも、これが他にはない花菱の味のベースです。うなぎのタレは継ぎ足しながら使うので、ベースがなくなってしまってはどうしようもありません。そう考えると、祖父が疎開先にタレを持っていった気持ちもよくわかります。
何世代にも渡って来てくださるお客様に、「この味だよね」と納得していただけるものを提供したいんです。せっかく来て召し上がっていただくのですから、なるべくいいものを、うちでしか食べられない味で提供したいと思っています。

道玄坂も再開発が進み、今後10年で再び大きく変わるだろう、と阿部さんは言います。

阿部さん:渋谷はどんどん変わる街ですから、変化に対応しながらやっていきたいと思っています。
その一方で、昔からいる街のみなさんとはこれからも仲良く一緒にやっていきたいですね。今はコロナの影響もあって2年ほど休んでいますが、毎年9月に金王八幡のお祭りがあります。その時には各町内で御神輿を集めて、みんなで道玄坂を練り歩くんです。その時には30代の若い人から80代のおじいさんまでみんな集まってくる。そういったつながりを大切にしながら続けていければと思います。

ビルが立ち並び、テナントがひしめく道玄坂。阿部さんのお話を伺ううちに、そこに暮らす人たちの姿が見えてきました。何代にも渡る常連さんもきっと、お料理と同じくらい、花菱の皆さんに会うことを楽しみに通っているのでしょう。街の姿が変わっても、そんな人と人とのつながりが残り続けていくことを願ってやみません。

【店舗情報】
花菱
住所/渋谷区道玄坂2-16-7
TEL/03-3461-2622
営業時間/11:30~15:00 (L.O.14:00)、17:00~22:00(L.O.21:00)
定休日/日曜日、祝日
https://www.hanabishi.tokyo/

八田吏(はった・つかさ)

hattatsukasaライター。
NPO法人で、産後の社会問題に関する調査研究に携わる。個人活動として短歌の会を隔月で開催。自宅から一番近い繁華街が渋谷なので、映画に行くのも友達とのお茶も、本や洋服などの買い物も、だいたい渋谷区内で完結しています。

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