「ログスタジオ」は渋谷区宇田川町にあるレコーディングスタジオです。代表の露木輝さんが先代から引き継いで23年、前身となるスタジオの時代も含めるとほぼ50年。渋谷で長い歴史を持つ音声収録のスタジオです。
「とにかく、色々なことをやっています」と露木さん。普通のナレーションスタジオとは異なり、バラエティに富んだ仕事を手がけているのがログスタジオの特徴とのこと。
露木さんを取材して伺った、知られざるログスタジオのお話、前半はログスタジオが手がけている仕事内容をご紹介します。
渋谷で半世紀、多種多様なクライアントを持つレコーディングスタジオ
レコーディングスタジオとは、ナレーションを録音し、音源を編集、調整して、効果音や音楽と共に映像につけていくのが主な仕事です。テレビ番組や映画、ゲームなどの映像作品を対象とするレコーディングスタジオは、アニメーションのアフレコなど専門化したスタジオが多いそうですが、ログスタジオが請け負う仕事は番組のナレーションだけに留まりません。露木さんご自身が音楽スタジオで勤務したご経験もあり、音楽のレコーディングスタジオとしての仕事や、語学学習の教材や企業のプレゼンテーションの制作を手がけています。
ログスタジオの歴史をひも解くと、現在スタジオが入っているビルが建った当初から、前身となるレコーディングスタジオが今と同じ1階にあったそうです。映像制作会社や教材メーカーが渋谷に集中していたことも、先代がこの立地を選んだ理由ではないかと露木さんは仰います。
ログスタジオには、2つのスタジオがあります。
前面に大きな画面と装置がたくさん入っている部屋は第1スタジオの調整室。前面の壁には音が反射する木を使い、後方や天井は逆に反射しないよう吸音材が使われています。隣にはナレーターさんが話す声を録音する、ブースと言われる部屋があります。
露木さん:調整室と収録ブース。どこのレコーディングスタジオも間取りはこんな感じです。
奥の第2スタジオには、ナレーターさんひとり用の小さなブースと調整室があります。
先代から露木さんが会社を引き継いだのは2000年のこと。どのような経緯で露木さんがスタジオのオーナーとなったのか、露木さんの経歴をお伺いしました。
レコーディングエンジニア歴は45年。興味のきっかけは高校時代
露木さんは高校生の時にバンドでギターを弾いていて、それをきっかけに音声を収録する機材などに興味を持つようになったそうです。大学では放送研究会に所属し、卒業後は音楽レコーディングスタジオを持つ住宅会社に入社、13年間勤務してレコーディング技術やミキシング技術を習得されました。ログスタジオの先代、平田義一さんと知り合ったのもその会社でのご縁だそうです。
住宅会社が音楽スタジオを縮小するタイミングでフリーのレコーディングエンジニアとなった露木さんは、その後1993年にログスタジオ前身のログオーディオ(株)に入社、ナレーション録音技術や編集技術を学びました。そして2000年になって正式に引き継ぎ、(有)ログスタジオが誕生しました。
驚くのは、露木さんは大学をご卒業後、終始「音」のエンジニアとして45年間仕事をされてきたという経歴です。音声収録の多種多様な業務に対応できるのは、レコーディングの技術を時間を掛けて磨き上げてきたからこそに他なりません。
ログスタジオが手がける多種多様な「音声」の仕事
ログスタジオで受けている仕事の半分を締めるのは、映像制作会社関連の仕事です。ログスタジオは、ナレーションを録音し、映像に合わせて音声や効果音、BGMをつけて「音」の最終仕上げをする「MA作業」を担当しています。
制作会社から送られた映像と音源を基に作業をすると、実時間の10倍ぐらい作業時間を要するそうです。
露木さん:1時間の番組で10時間ぐらいが目安です。ディレクターさんが一緒の時もありますが、基本的には孤独な作業です。
その作業は調整室でひとりですることもあれば、番組のディレクターさんが同席することもあるそうです。
露木さん:番組には各コーナーごとにディレクターがいるんですよ。総括にもディレクターがいて、その上にプロデューサーがいる。編集作業を一緒にやるのは番組のディレクターが多いですね。
録音スタジオの上には制作会社、その上にプロデュースする制作会社、トップにキー局があります。上から下にどんどん細分化されて、「音」を担当するのが録音スタジオです。
普段何気なく観ている一つ一つの番組も、細分化されたプロの仕事の集結であることに気づかされました。
音声の調整・編集は孤独な作業。でも「楽しい」
語学学習の教材は、音声のみの収録・編集作業が多いそうです。教材の場合は、複数人のナレーターの掛け合いがあるので、収録にはブースの大きい第1スタジオを使うとのこと。露木さんは音声の収録に立ち会い、その音声データを使って編集作業に入ります。
露木さん:経験上、編集は収録時間の3倍ぐらいです。例えば収録時間が3時間だとすると、編集にかかる時間は9時間から10時間ぐらい。本当に孤独な作業です。でも、楽しいんです。
孤独でつらくて苦しい作業かと思いきや、「楽しい」とのこと。
電子辞書の音声ファイルを作る仕事もまた、孤独な作業だそうです。
露木さん:音声が出る電子辞書は、高額なものだと収録後数が1万5千語あったりします。一つ一つの単語をファイル化していく作業は、さすがに1人では無理。手分けしてもひと月ぐらいかかります。
毎日朝から晩まで作業するそうですが、頭で考えず手だけが動いて、細かいファイルがどんどんできていくと、ご自身がマシン化するような状態になるそうです。
露木さん:いわゆる『ゾーン』に入るような、面白さがあります。
音楽のレコーディングスタジオとしての仕事は、ボーカルの音声を収録して調整作業をし、クライアントさんに合わせてCDや配信用のデータファイルを作ります。音楽イベントで使用する音源を作成する仕事もあるそうです。
露木さん:イベントは、音楽だけではなく、企業の新製品発表会などのビデオやプレゼンテーションを作成する仕事もあります。コロナ禍でゼロになったイベントですが、今は7−8割が戻ってきています」
また、特殊な仕事としては、視覚に障害がある方のためのデジタル図書の収録があるそうです。
デイジー(DAISY)とは「アクセシブルな情報システム」と訳されるデジタル録音図書の国際規格。デイジー図書は専用の機械やソフトウェアで再生できるデジタル図書のことです。
目ではなく耳で読むことができるデイジー図書のCDを、ログスタジオでは、その時々のトピックをナレーターが読んで収録しています。
露木さん:半分ボランティアのような仕事ですが、毎週、1週間分の新聞記事などを抜粋して、90分のCDにまとめています。購読者が全国で1000人ほどいらっしゃいます。
ログスタジオの仕事内容は、「音声」が軸にあるものの、本当に様々です。
露木さん:色々な番組があるので、全部聞くことができるのは、知識を得る意味でも面白いです。音声で入ってくると記憶に残ります。覚えていくのが好きなんです。
そして、ひとり淡々と作業をこなす孤独な時間も、気が遠くなるほど膨大な数をこなす作業も、露木さんは辛い労働と捉えていらっしゃらないようです。
露木さん:そう、楽しいんですよ。それをやって、しかも良かったよって何らかの評価があったら、もうそれでOK。
今でこそ「好きを仕事に」という考えが一般的に歓迎される時代ですが、高校時代に好きなことに出会い、現在まで一貫してレコーディングスタジオの仕事を続けてきて、今なお楽しんでいらっしゃる露木さんは、稀有な存在なのかもしれません。
後半は、露木さんが培ってきた音声収録にまつわる技術とその継承についてお伝えします。
有限会社ログスタジオ
東京都渋谷区宇田川町37−10
TEL 03-3485-6902
谷井百合子(たにい・ゆりこ)
会社員からライターへ転向。腰の軽さと興味に乗っかる行動力で、ビジネストレンドやブックレビュー、食や旅にも題材を広げている。
興味のあるジャンルは、カフェ、本、料理、工芸、建築、など。渋谷界隈で出会った美味しいものや素敵なものを、テンションの上がった気持ちものせてご紹介します。