「ログスタジオ」は渋谷区宇田川町にあるレコーディングスタジオです。
スタートから23年、渋谷で長い歴史を持つ音声収録のスタジオ、ログスタジオの代表、露木輝さんにお話を伺いました。
前半では、ログスタジオが手がけるバラエティに富んだレコーディングの仕事を紹介しました。
後半は、ログスタジオの音楽レコーディングスタジオとしての顔と、露木さんが45年の経歴で培ってきた技術の継承についてお伝えします。
空間を通ってきた音を聴いてほしい
これからキャリアを積んでいく、若い世代のレコーディングエンジニアやナレーターの方々にぜひ聞いてほしい、露木さんからのメッセージです。
露木さん:音楽の世界では、CDというメディアが廃れてきて、配信の方が主流になっています。ただ、どちらもレコーディングで作る音源は一緒です。それをメディアに焼くか、配信するかという違いです。
CDと配信。どちらを購入するべきか、だれでも一度は考えたことがあるはず。CDと配信の音は一緒なのでしょうか?
露木さん:いや、違います。
即答でした。
露木さん:配信の音声データは高音質のものも増えてきましたが、大半はMP3形式(圧縮)で、CDはPCM形式といって圧縮していないのでクオリティがやっぱり違うんです。
それと、配信は皆さん小さいイヤホンで聴いていらっしゃるので、スピーカーから出た音と全然違う音で聴いていることになります。音質の差というより、イヤホンだとダイレクトに耳に入ってしまうからですが。空間を通ってきた音を聴いてほしいなと思います。
デジタル録音ならCDも配信も同じというわけではないのですね、と確認すると、
露木さん:究極のデジタルが、アナログです。
・・・話についていけない素人の私にもわかりやすいよう、図を書きながら説明してくださいました。
露木さん:アナログの波形を、デジタルではデータ化するために細分化します。線ではなく、点々の繋がりとなるわけです。デジタルは点々となったデータを聴いている状態です。音質をよくするためにサンプリング周波数をどんどん上げて行くと、細かい点々にはなるけれど、完全に連続にはならない。究極のデジタルがアナログに近づくというのはそういう意味です。
音質をよくしようとすると、データの容量が大きくなるので配信には不都合も出てきます。クライアントの意向に合わせて、データを変換、編集・調整するのがレコーディングスタジオの役割とのこと。
わかった、とは言い難いものの、デジタルを扱うということはそのような理論や専門知識の理解が外せないということはわかりました。映像の音声編集とはまた別の世界という感じがします。
露木さん:大切な音楽であれば、いいクオリティのCDで買った方がいいかもしれませんね。値段はそれほど変わりませんから。
好きなアーティストの音楽を購入する時には、大いに参考になるお話です。
理屈が伴えばもっとすごい、レコーディングエンジニア
露木さんは若い世代のレコーディングエンジニアやナレーターの人たち仕事ぶりを見て、危機感を感じているそうです。
露木さん:今の若いエンジニアの方は、学校で先ほどのような座学的なことを教わらないみたいなんです。マイクに音が来たら振動板が揺れて電気に変わる、みたいな理論を教わっていない。
コンピュータのソフトウェアやアプリケーションはわかるから、一応操作はできる。でもシステムがどうつながっているのかがわからないから、何かトラブルが起きた時に固まってしまう。「操作ができて、理屈がわかればもっとすごいのに」と思います。
露木さんは過去に音響や録音技術を教える専門学校で非常勤講師として教えていたことがあるそうです。今、学校を卒業してすぐの子達の様子をみていると、教える側の先生に問題があるのかもしれないと露木さんは仰います。
露木さん:技術の継承の問題は、もう起きてるなと思います。
最近ではAIの発達もあり、努力して覚えなくても勝手にAIが操作してくれるという環境になりつつあるそうです。
露木さん:例えば、ナレーターさんが毎回変わると、AIはもちろん変化に対応するのですが、その時その時の音の判断は、やはり自分の耳じゃないと無理だと思います。収録しながらも、ちょこちょこと設定を変えているので。
現場でしか判断できない、生身のような感覚があるとのこと。
露木さん:使い方とか理屈など、傾向と対策は教えられるんですけど、感性とか感覚は教えられない。でも、若い人たちはそれも数値的に教わりたいと考えて、このつまみをこう変更したらいいのですよね?と聞いてきたりします。
「じゃなくて!」と歯痒い思いをされることも。
露木さん:自分の教え方としては、このつまみの意味は何か、ここのボリュームを上げたら波形の振れ方が変わる、ということは音が変わる。その差を耳で覚える。その積み重ねなんです。その設定は、また人が変わると使えないので、また一から、自分の耳で聞きながら覚えていって、何十年と積み重ねていく。
そのデータはAIのデータとは同じではないと?
露木さん:違います。AIもそこまではできないと思う。似通ったものはできても、究極の、人間国宝のこの人の設定、というのは無理だと思います。
AIでは対応できない感性というものは若い人たちも感じていると露木さんは仰います。
露木さん:微妙な音の違いや波形の動きに気づいて、私の話に食いついてくる子は食いついてきます。そんなのどうでもいい、という子もいて五分五分ですが。
自分から積極的に教えようという気はないですが、ただ、何かそういう継承ができたらなというのは、考えています。
記憶に残る声と残らない声がある、ナレーター
露木さんは、ナレーターが登録する音楽事務所で、ディレクション的な立場として中堅のナレーターに教えていたこともあるそうです。
露木さん:ナレーターもやはり一緒で、新しい子たちはやりたいことが先なんですよ。自分はこう読みたいっていうのが先走っている。それよりもその滑舌を直したら?と思うこともあります。実際、日本語を正しく発音するための口の形とか舌の位置とか、学ぶべき傾向と対策がありますから。
やりたいことを優先して一足飛びにやろうとするばかりに、土台となる「傾向と対策」の積み重ねがないことを露木さんは危惧しています。
露木さん:これから10年先が怖いです。
厳しい苦言ですが、一旦教えたら自分でコツコツと積み重ねて伸びていく人がいることも露木さんは知っています。
ログスタジオの2つのスタジオの間の壁には、一面に名刺が貼られています。当初掲示板のつもりで作ったものが、ログスタジオを訪れたナレーターや声優の方々が次々と名刺を貼る場所になったそうです。
露木さん:名刺の情報で皆さん勝手に連絡を取り合っているようですが、私が紹介することもあります。「男性で明るい声の人いない?」となると、じゃあこの人、という感じで教えたり。
名刺の数の多さからも、どれだけ多くの声を露木さんが聴いてきたかがわかります。
露木さん:記憶に残る声と残らない声がありますね。結局、声を覚えていないと紹介もできません。
露木さん:第一級のナレーターの人たちは、自分で仕切って自分でディレクションされます。映像のカットに合わせてセリフを収めたり、逆に余ったカットにスピード調整して伸ばしたり、映像のタイミングのところにその言葉をちゃんと合わせたり。ナレーションが上手な人とは本当に仕事がしやすいです。
目指すべき一流のナレーター像が見えているからこそ、基礎の大切さを露木さんは説いています。手元に置いている辞書は、日本語の発音アクセントの辞典。
露木さん:アクセントの正解は時代で変化するので、過渡期の言葉も多いです。迷った時はネットで検索して、そこでまた覚えたりしています。
露木さんのお話には「積み重ね」という言葉がよく出てきます。日々の積み重ねが基礎を盤石にし、やがて一流の極みに到達する。そんなことを教えてくれているように感じます。
課題は、若い人たちへの継承
最後に、ログスタジオをスタートして23年、渋谷の変化についてお聞きしました。
露木さん:やはり渋谷の街の年齢層が若くなった様な気がします。感覚としては、若いと言っても社会人というより大学生の街のような。渋谷を歩いていて、この子たちの10年後はどうなるんだろう、大丈夫かな、と。そんなことを考えながら、仕事をしています。
ログスタジオのこれからについてもお伺いしました。
露木さん:若い人たちへの継承については、本当に危機感を感じています。レコーディングの技術もそうですが、一時期頓挫していたナレーターさんの事務所での教育を再開していきたいです。
あとは、システム的な環境を、新しい仕事を受けられるよう、機材を変えたりしてバージョンアップしていきたいですね。
音声収録の道から決して外れることなく、時代の流れに乗って前に進む選択をする。宇田川町で、ログスタジオはまだまだ歴史を更新していきます。
有限会社 ログスタジオ
東京都渋谷区宇田川町37−10
TEL 03-3485-6902
FAX 03-3466-1302
E-mail office@logstudio.jp
谷井百合子(たにい・ゆりこ)
会社員からライターへ転向。腰の軽さと興味に乗っかる行動力で、ビジネストレンドやブックレビュー、食や旅にも題材を広げている。
興味のあるジャンルは、カフェ、本、料理、工芸、建築、など。渋谷界隈で出会った美味しいものや素敵なものを、テンションの上がった気持ちものせてご紹介します。