渋谷レジェンド散歩とは
渋谷の街で、数十年。人々に愛され続けた歴史を誇るお店や会社をご紹介するのが、「渋谷レジェンド散歩」です。渋谷といえば「若者の街」といわれますが、実は、長きにわたって活躍している人や商品、サービスがたくさんあります。そんな渋谷の意外性ある魅力をお届けしていきます。
代官山といえば、オシャレな街。新たなビルやショップ、そして最近では新たなマンションも次々に立ち並び、常に“新しい”イメージがあります。そんな代官山に、50年以上前から続く定食屋があるのはご存知でしょうか。
昔は”寅さん”こと渥美清さんも通ったという定食屋「末ぜん」です。
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言で、いつもにぎわう代官山の人出もグッと減っていますが、いつもと変わらずのれんが掲げられています。(GW期間中はテイクアウトのみの営業)
代官山のど真ん中で食べる、塩サバ定食とサバ味噌煮定食
まずはお店の場所から。
八幡通り「代官山駅入口」の交差点を代官山駅側から、反対側へと渡り、靴下屋の脇の道へと進みます。
(この写真では、写真を撮っている私の背中側が、代官山アドレスです)
路地に入るとすぐ、右手にお店が見えます。「剣菱」の看板が目標です。
お店の向かい側には、「A.P.C」のショップがあると言えば、大体の場所がわかるでしょうか。まさに、代官山のど真ん中! です。
定食屋といういうことで、メニューはすべて定食!
人気は、ランチだけで40食以上出るというサバ塩焼き定食。
お皿から出かかっているこの切り身の大きさと、パリッふっくらな焼き加減! 写真からも伝わりますか!?
サバ塩大好きな私は、この写真を見るだけでヨダレがじわっとにじんできちゃいます。
そして、同じく人気のサバ味噌煮定食。
サバの味噌煮がお袋の味、という人も少なくないのではないでしょうか。
こちらもふっくら、そして甘さがちょうどいい加減で、一口頬張るとほっとする味です。
家族連れも安心な座敷と、懐かしい昭和な雰囲気
さて、こちらは店内の座敷に貼ってある壁のメニューです。
書き直さずに、白い紙でメニューや値段が張り替えられてあったり、よーく見ると、その紙やセロテープが黄ばんでいる感じとか、昭和の香りがプンプンしませんか! おばあちゃんおじいちゃんの家に行った時のことを思い出すような懐かしさがあふれてきます。
「代官山はキレイな街なので、こうやってベタベタ貼っている感じは合わないと思うんですが、あえて変えようとは思わないんですよね」と、三代目の堀井健太さんは言います。はい、こういう感じが大好きな人、たくさんいると思いますし、私も好きです。ぜひ、このままであってほしいなあと思います。
そしてこの座敷の子ども用イスも、ものは新しいのになぜか昭和を感じませんか? 自分の子ども時代にあったからなのでしょうね、きっと。
座敷の全貌はこんな感じです。
土曜日のランチタイムは、家族連れでこの御座敷が埋まってしまったりするんだそうですよ! 平日の夜も、家族連れが結構見えたりするそうです。
代官山のオシャレなレストランもいいけれど、小さいお子様がいると気を使わなくてもいい座敷のお店は本当に有り難いものです。そして、子どもたちも食べ慣れているご飯やお味噌汁、おかずなので安心して食べさせることもできますよね。
小さなお子様がいらっしゃる方たち、ぜひ「末ぜん」を代官山の穴場として覚えておくことをオススメします。
渥美清さんも愛したお店は、戦争から帰ってきたおじいちゃんが始めた
さて、末ぜんを切り盛りしているのは、二代目の肇さんと奥さん、そして息子で三代目の健太さん(写真)。
健太さんに、お店の歴史について聞かせていただきました。
「お店はもともと、僕のおじいちゃんが始めたんです。戦争から帰ってきて料理を始め、小涌園で料理長をやった後に独立しました。最初は銀座でお店を出していたんですが、親父たちが生まれ、子育てもあるということで銀座のお店をたたみ、家の1階で始めたのが、今のこのお店です。おじいちゃんが末吉という名前だったので、店名が『末ぜん』になりました」
代官山にあった自宅の1階にお店を構えた末吉さんですが、53歳という若さで亡くなってしまったそうです。
「親父がまだ20、21歳ぐらいの時だったので、それからはおばあちゃんが一人でやっていました。おじいちゃんが生きている時は割烹だったのが、おばあちゃん一人になってから、定食にしたと聞いています。そのうち、親父が『店をなくしたくない』と言ってサラリーマンを辞めて修行し、おばあちゃんと一緒に店を始めました」
子どもの頃のお店の様子を、健太さんはよく覚えていると言います。
「夕方ただいま!って帰ってくると、カウンターにいつも、常連のおじいちゃんやおばあちゃんがいて、『おお、健太こっちに来いよ』って呼んでくれるんですよね。そして、枝豆とか、常連さんが食べているものを横に座ってご馳走になるみたいな。僕の記憶には残っていないんですけど、渥美清さんもよく来ていたそうですよ。あとは、お肉屋さんとか薬屋さんとか、大工さんとか。地域の人たちが常連さんでした」
「お店まだやってたんだ」「変わらない味だね」 お客さまの言葉が何よりの喜び
健太さんは猿楽小学校の卒業アルバムに「板前になる」と書いたそうです。
「サッカーやってたから、サッカー選手になりたいと思ってたはずなのに、何で書いちゃったのかなー(笑)でも、後を継ぐのは全然嫌じゃなかったですよ。どちらかというと、親父は『キツイからやらなくていい』というスタンスでした」
大学時代から働いていた英語学校が潰れたのをきっかけに「末ぜん」を手伝い始めたのが25歳の時。それから、外での修行期間を挟み、今はお店の今後を継ぐ三代目として、二代目の肇さん、お母さんと共にお店を切り盛りしています。
この仕事の楽しさはお客さまとのコミュニケーション、お客さまに「美味しい」と言ってもらえること、そして一番の喜びは、自分の小さい頃を知っているお客さんが来てくれることだそうです。
「昔、代官山で働いていたという方が来て『あれ?息子さんだよね? あの小さかった子だよね?』ってすごく喜んでくれたり、『まだやってたんだね』『味、変わんないねー』と本当に嬉しそうに言ってくれたりするんですよね。それがすごく僕も嬉しいんです。だから僕も70歳、80歳までお店を続けて、今来てくれているお客さんたちが、将来また来てくれたらいいなーって思ってるんです」
今、夜になると健太さんの3人の子どもたちも、少し離れた自宅からお店に食べに来たりしているそうです。うち2人はまだ未就学児だそうですが、きっとそのお子さんたちも20、30年後に「ああ、ひょっとしてあの時の子? 大きくなったなー」なんて言われていることでしょう。そんな光景が、素直に目に浮かんできます。
次回、5月20日公開の<後編>では、まだ「代官山アドレス」がない頃の、昔の代官山の写真と共に、移りゆく代官山の姿と健太さんの思いについて伝えていきます。
【店舗情報】
末ぜん
住所/渋谷区猿楽町20-8
TEL/03-3461-8234
営業時間/月〜金:11:00~14:30、18:00~20:30
土:11:00〜14:30
定休日/日曜日、祝日
平地紘子(ひらち・ひろこ)
シブヤ散歩新聞・副編集長。フリーライター/ヨガインストラクター。10年以上お堅い新聞記者だったのに、3年間のアメリカ生活でヨガインストラクターに転身。でもやっぱり、書くのも好き。かなり色黒なので「サーファー?」と聞かれるけれど、見かけ倒し。スッピンのまま自転車で中目黒界隈を駆け抜けているだけです。ヨガウェアで魅せる筋肉美が最近のプチ自慢。フィットネスやマッサージなど、体にいい情報をお伝えします!
yoga teacher HiRoko HiRachi