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CULTURE

シブヤまちづくり散歩No.3 渋谷区まちづくりマスタ―プラン担当課長インタビュ―ー渋谷区の歴史ー前編

シブヤまちづくり散歩とは
未来のシブヤはどんな街? 渋谷区では、様々な社会状況の変化や、技術革新を踏まえた上で、「渋谷区基本構想」をまちづくりの視点から実現化する「渋谷区まちづくりマスタープラン」(以下「渋谷区まちマスプラン」)の策定が進んでいます。2017年9月に始まった「渋谷区まちマスプラン」をはじめ、シブヤで行われる様々なまちづくりの取り組みを追いかけます。

「渋谷区まちマスプラン」担当者を直撃インタビュー!

現在策定中の「渋谷区まちマスプラン」。20年後という長いスパンを見据えた「都市計画マスタープラン」をもとに、「まちマスプラン」では3ヵ年をかけてまちづくりの方針をまとめています。「20年後の渋谷区はどうありたいか、未来像をみんなで考えましょう」という観点から、ビジョン優先のまちづくりが進んでいるそうです。先日は「渋谷の未来を描くワークショップ」におじゃましました。市民の皆さんが積極的に意見を出し合ってまちづくりに参画する、行政主催としてはとても珍しい取り組みでした。

シブヤまちづくり散歩No.1  「渋谷の未来を描くワークショップ ー笹塚・幡ヶ谷・初台・本町周辺①②ー」

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そこで今回は「渋谷区まちマスプラン」の担当者、渋谷区都市整備部の森田一央さんに詳しいお話をうかがってまいりました。

「渋谷区まちマスプラン」は今?

森田さんが現職に就かれたのは昨年、基本構想の完成後のこと。2017年に「渋谷区まちマスプラン」が始動し、区民の意識調査を実施し、中間報告を取りまとめてホームページにアップしました。そのうえで、区内各地における区民とのワークショップ、まちマス提案箱の設置、出張座談会を執り行なっているのが現在の段階です。

渋谷区まちづくりマスタープラン策定に向けた区民意識調査 調査報告書

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森田さんがマスタープラン担当課長に就任して、まず最初に決めたことは、「字をいっぱい書かないこと」。従来のまちづくり関連の資料は文字中心の「玄人向け」でした。大事にしていることは、イラストを使って親しみやすくすること。そして、一目でわかること。その目的は、ひとりでも多くの区民にまちづくりに参加していただくため。まずはページを開いてもらうことがなによりも大切だと考えたそうです。その根底にあるのは、誰もが参画しやすいまちづくり、“YOU MAKE SHIBUYA”の思想でした。

写真上は、6月1日発行の「まちマスプラン」の特集号です。皆さんからとても好評で、なかには「これを見ていなかったら、ワークショップには参画しなかったかも」「表紙を見て、出張座談会に申し込もうと思った」という声もあったそうです。公募の出張座談会は予想を超える申し込み件数があり、担当者としては嬉しい悲鳴をあげているところなのだとか。

ちなみに、青山学院大学、國學院大學などの教育機関ともワークショップを進めており、今後は國學院高校の生徒の方、東京女学館高校の生徒有志の方との協働も予定しているとのこと。渋谷区の未来を担う若者たちとのとりくみがいったいどんなものになるのか、今後の展開が楽しみですね。

担当者としての苦悩

順調なスタートを切り、上手く舵取りをしているように見える森田さんですが、多くの苦労もあるそうです。いま頭を悩ませているのが、ワークショップ、まちマス提案箱の設置、出張座談会などで集まった具体的な意見をまちづくりにどう反映させるかということ。多様な意見が出れば出るほど、ひとつの形にまとめるのは難しくなります。「基本的な方針」を示すマスタープランの性格上、抽象的な表現にならざるを得ないことも。

具体例として森田さんが挙げられたキーワードが「坂」でした。渋谷区には多くの坂道があるという、地形的特徴があります。そのため将来、区民の買い物や外出に「坂」が立ちはだかるのではないか、高齢化が一層進むなか、歩きやすい平坦な地形の他区域にひとが流れて行ってしまうのではないか……という意見があるそうです。これに対して、「バリアフリーを目指します」という一言で課題を解決できるのか、区民の方々に納得していただけるのか……。まちづくりには決まり切った正解や分かりやすい答えがないだけに、とても難しいそうです。

IMG_20180813_134745渋谷区所仮庁舎前の通りも、距離は短いけれど、かなり急勾配な坂になっています

これは一例で、まちづくりのさまざまな課題にこうした事象が発生します。「渋谷区まちマスプラン」の策定をとおして、市民の皆さんのなかに深く分け入って行けば行くほど、こうした悩みも深くなっていくと言います。

「まずはさまざまな意見があることを受け止めたい、そこからはじめたい」との思いで、今後も「渋谷区まちマスプラン」のお仕事に取り組まれていかれるとのこと。

はたして「渋谷区まちマスプラン」は、どのような形になるのでしょうか? 今後も目が離せません。

渋谷区の誕生

これまで、現在の渋谷のまちづくりについてお話ししてきましたが、少しさかのぼって、渋谷区の歴史についてご紹介したいと思います。

渋谷区が誕生したのは、昭和7年(1932)10月1日。それまでは渋谷町・代々幡町・千駄ヶ谷町の3町に分かれていました。そもそも東京自体がまだ都制ではなく「東京府」と「東京市」の時代でした。その東京市が隣接する5郡82町村を編入する市域の拡張を行ない、これにより現在の東京23区域とほぼ一致する地域の新たな東京市、「大東京」が成立します。この際に東京府豊多摩郡に属する3町が合併して渋谷区となり、今度は東京市に属することになりました。

t IMG_20180814_135504昭和12(1937)年の渋谷区内の地図(東京交通社「大日本職業別明細図」)

「大東京」が成立した日でもあり渋谷区が成立した日でもあるこの日、東京市全域は花電車・花自動車、提灯行列が出るなどし、渋谷区でも臨時の祭礼としてお神輿が出され、道玄坂では商店街などの販売・サービス合戦が繰り広げられたといいます。

t IMG_20180813_162252初代渋谷区長・岸本千秋(出典:岸本千秋伝記刊行会 編集発行『岸本千秋伝』1964)

渋谷区の成立後、しばらくは旧渋谷町役場が区役所の仮庁舎にあてられていました。その後、旧千駄ヶ谷町役場に置かれた水道営業所、旧幡ヶ谷町役場にあった土木出張所を1箇所にまとめ、さらに旧市各区役所の例にならい、区公会堂をも併設することになります。公会堂の建設は区長の岸本千秋の発案によるもので、区内有志の寄付を資金にあて起工します。こうして区役所は、昭和11年(1936)12月に落成した新庁舎に移転しました。

IMG_20180814_153419かつての渋谷区役所(出典:渋谷区役所広報コミュニケーション課)

朝倉虎治郎の活躍

こうして誕生した渋谷区ですが、その発足に際し大きく貢献したのが、上述の初代渋谷区会議長となった朝倉虎治郎という人物でした。

IMG_20180814_135048初代渋谷区会議長・朝倉虎治郎 (出典:有田肇『渋谷町誌』渋谷町誌発行所、1914)

朝倉は、新しい渋谷区役所の設置に関する影の功労者といえます。昭和6年当時における各町役場の所在地はおおよそ現在では、渋谷町役場は氷川神社付近、代々幡町役場は渋谷区立幡代小学校、千駄ヶ谷町役場は渋谷区立千駄ヶ谷社会教育館付近にあたります。そのため、ほかの2つの町の地域住民は、渋谷町役場が仮の渋谷区役所になると行政サービスを受けるうえで距離が遠くなり不便を被ることになります。

IMG_20180814_164937かつて千駄ヶ谷町役場があった渋谷区立千駄ヶ谷社会教育館

こうしたことから、当時渋谷町議員であった朝倉は、当面の問題が区役所の位置であることを見抜き、その融和を図るために区の中央にあたる場所に区役所の建設予定地を選定し、「神宮通1丁目17番地」の用地をあらかじめ購入していたといいます。これが昭和11年に新区役所と公会堂が建設される地となります。朝倉のこの処置は、かなり先見の明があったといえるでしょう。

こうして渋谷区の発足に際して活躍した朝倉虎治郎ですが、渋谷町会議員時代には教育施設の充実や道路の改良、ゴミ処理問題など都市基盤整備に貢献していました。そんなシブヤのまちづくりに邁進した彼が住んでいた邸宅が現在、「旧朝倉家住宅」として散歩スポットのひとつとなっています。大正8年(1919)に建てられたもので、東京都中心部に残る関東大震災以前の数少ない大正期和風住宅として文化的価値が認められ、平成16年(2004)に国の重要文化財に指定されました。代官山方面に出向かれるかたは、ぜひこちらにもお立ち寄りください。なお、観覧に際しては下記リンクの施設情報もご参照ください。

渋谷区公式HP「重要文化財 旧朝倉家住宅」https://www.city.shibuya.tokyo.jp/shisetsu/bunka/asakura.html

渋谷区誕生当初における渋谷駅のようす

さて、こうして新たに発足した渋谷区ですが、そのエリアは当時どのような状況だったのでしょうか? 『昭和八年渋谷驛』(驛=駅の旧字体)の記述をご紹介したいと思います。

著者は、埼玉県川越の生まれですが、昭和3年(1928)に東京府豊多摩郡渋谷町、のちの東京市渋谷区青葉町、現・神宮前5丁目に引越してきたそうです。

山手線渋谷駅の改札口は西に面していた。
午後になると、左手の玉川電鉄の駅の上に太陽が現われ、夕方になると、正面にあった「東京パン」の二階建ての影が改札口の近くまで伸びてきた。
駅前広場は現在の四分の一ぐらいで、そのほとんどを市電の停留所が占めていた。宮益坂を下ってきた市電は、山手線のガードをくぐると左に折れて改札口の前で停車し、車掌が「終点渋谷駅前です」と言い、それから「終点ですよ」と声高に乗客を急(せ)きたてた。
客を降ろした市電は直進して引込線に入り、後部の窓から上半身を仰(の)け反(ぞ)るように車外に突き出した車掌が、紐を引いて集電ポールを下げる。つぎに、運転士のいた前部へ行って窓を開け、こんどは反対側のポールを上げて、その先端の滑車を架線にはめこむ。パチッというスパークの音とともに火花が散り、架線が上下に揺れる。1回で滑車がはまらないと、火花が幾度も散った。
そのころには、もうつぎの電車が到着し、引込線が空くのを待っていた。須田町行、水天宮行などの二系統の市電が到着しては折り返す「渋谷駅前」停留所は、いつも電車が踵(きびす)を接していて、警鈴のチンチンという音とポールの火花が絶えなかった。

(宮脇俊三『昭和八年渋谷驛』PHP研究所、p.66~67から引用)

当時の渋谷駅が、すでに電車がひっきりなしに出入りするターミナル駅だった情景が活写されているのではないでしょうか。同書には「当時の渋谷は、駅付近から道玄坂にかけて繁華街があり、周辺は人家が密集していたが、その一角をはずれると随所に『原っぱ』と呼ばれる空地があった。とくに渋谷から原宿にかけての山手線の沿線は、西側が代々木練兵場だったこともあって、ひときわ閑散としていた」(p.69)とも書かれており、昭和初期には、まだ区内各所に鄙びた雰囲気も残っていたことがわかります。

こうして誕生した渋谷区ですが、森田さんはいつ頃からどのように関わってこられたのでしょうか?

後編では、森田さんが入庁して以降の時代を中心に、渋谷区のいまむかしを見ていきたいと思います。

【参考文献】
・渋谷区 編『図説渋谷区史』(区制70周年記念)渋谷区、2003
・同上『新修渋谷区史』渋谷区、1966
・有田肇『渋谷町誌』渋谷町誌発行所、1914
・上山和雄 編著/國學院大學渋谷学研究会『渋谷学叢書2 歴史のなかの渋谷――渋谷から江戸・東京へ』雄山閣、2011
・岸本千秋伝記刊行会 編集発行『岸本千秋伝』1964
・野村敬子編『渋谷むかし口語り――区民が紡ぐ昭和』渋谷区教育委員会、2003
・林陸朗『渋谷区の歴史』(東京ふる里文庫11)名著出版、1978
・ぴあデジタルコミュニケーションズ株式会社 企画制作『SHIBUYA GEOGRAPHIC』(渋谷区制施行80周年記念記念誌シブヤジオグラフィック)渋谷区、2013
・前田礼『ヒルサイドテラス物語――朝倉家と代官山のまちづくり』現代企画室、2002
・宮脇俊三『昭和八年渋谷驛』PHP研究所、1995

 

イト・タクヤ

フリーライター。歴史、神社・仏閣めぐりが好き。基本は部屋に引きこもり、たまに渋谷区内を徘徊。「普段は渋谷の街を歩くことのないシブヤ初心者」として、常にフレッシュな視点からの執筆を心掛けている。というか、事実そうなので、そういう文章しか書けないというのがホンネ。シブヤ散歩新聞では、シブヤ坂散歩をはじめ、渋谷の街の歴史や文化等にまつわる記事を担当している。

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