渋谷レジェンド散歩とは
渋谷の街で、数十年。人々に愛され続けた歴史を誇るお店や会社をご紹介するのが、「渋谷レジェンド散歩」です。渋谷といえば「若者の街」といわれますが、実は、長きにわたって活躍している人や商品、サービスがたくさんあります。そんな渋谷の意外性ある魅力をお届けしていきます。
3月も半ば。そろそろ、春の暖かな日差しを感じながら散歩するのが楽しい時期に入ってきました。
私にとって春のお散歩と言えば、菅刈公園〜西郷山公園〜旧山手通り〜中目黒。最初に中目黒に越してきた11年前から変わらぬ、私の定番コースです。
旧山手通りに並ぶ大使館や代官山ヒルサイドテラスのあたりを、目的もなく、ただただの〜んびりと歩くのが好き。この界隈って、スタイリッシュでオシャレなのに嫌味がなくて、住宅街らしい落ち着いた雰囲気をまとっているんですよね。
そのヒルサイドテラスの中に、「ステキだな〜」といつも外から眺めながらも、一度も入ったことがないお店がありました。

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
「フローリスト イグサ」。お花屋さんです。

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
旧山手通りの歩道を歩いていると、ガラス張りの店内にあふれるたくさんの緑の観葉植物が目にとまり、いつも気になって見ていたんですよね。

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
でも、なんとな〜く敷居が高そうだし、買う予定もないのに入るのもな〜と、眺めるだけで終わっていました。そして、比較的新しいお店なんだろうな、という印象を抱いていたのですが、昨年、先代から二代目へと代替わりしたという、歴史あるお店と聞いて驚きました。
50年近い歴史を持つ代官山ヒルサイドテラスの中で(ヒルサイドテラスの50年という歴史も驚きですが)、初期の頃から残っているのはG棟の「フローリスト イグサ」と、もう1軒だけというのですから、まさに、代官山のレジェンドです。
ナチュラルなんだけど、ちょっと都会的 それがイグサテイスト
ヒルサイドテラスのWebサイトで、フローリストイグサは「ヒルサイドテラスで育ったお花のお店」と紹介されています。というのも、先代で現会長の井草広之さん(75)は、1976年にヒルサイドテラスC棟で創業したのです。
「創業したのは僕が30歳の時だったんだけど、A棟ができた時に友達がお店を出したりと、ちょっと縁があってね。声をかけてもらって、お店を始めたんです。でもその頃は夏でも人が一人通るか通らないか、という感じで。住宅街ですからね。今、このお店が建っているこの場所は、当時は都営住宅だったんですよ」
1967年から1992年まで数期に分けて段階的に建設されて来たヒルサイドテラスですが、開発される前は、緑の生い茂った細長い傾斜地で、朝倉家が所有する建物が数棟あるだけだったといいます。
(朝倉家を含む代官山の歴史については「渋谷歴史散歩No.7 猿楽塚と猿楽神社」をぜひお読みください)
その中でフローリストイグサは「適正な値段でクオリティの高いものを提供する花屋さん」(広之さん)として、ヒルサイドテラス、そして代官山のフラワーショップとして、地域の人たちに愛されながら成長し、1992年にはより広いG棟へと移転しました。
「グリーンをベースにナチュラルな素材を使うんだけど、どこかちょっと都会的なスパイスが入っている。それがイグサテイストです。もちろん、トレンドも意識するしお花も品種も年々アップデートされているんですが、お客様はイグサテイストを求めて信頼して注文して下さるので、根本的な作りはあまり変えていないですね」と話すのは、息子で2代目の隆さん(47)です。
場所がら、大使館や結婚式場、レストラン、そして著名人の方々も多数顧客に持つそうですが、40年以上にわたり愛されて来たのには理由があります。それは、徹底した鮮度管理、品質管理。
「生物を扱うので、何よりも鮮度、そして色がとても大切なんです。ある意味食べ物と一緒ですよね。お花に賞味期限はないけれど、お花にはつぼみから咲いて、終わって散る、という一連の流れがあります。その中で、お客様にはつぼみのちょっと先でお渡しして、お客様のところで咲いて花があふれて、というタイミングを合わせてお届けする。それが鮮度だと思っています。鮮度管理をして、旅立たせる。そこばかりですよね」(隆さん)

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
そして、もう一つ不可欠なのが経験と技術であると広之さんは言います。
「お客様が求めるものが店にある、というのはもちろん大事なんですけど、もっと大事なのは、もし全然違うものしかなかったとしても、店にあるものでお客様に満足してもらえるかどうか。うちには、あるお花でお客様に満足してもらうことができる技術があるんです」
隆さんの言葉を借りれば、それは「経験値」であり「引き出し」。引き出しが多ければ多いほど、お店の強みとなるわけです。

二代目社長の隆さん(左)と、現会長で先代の広之さん
実際、代官山という場所でフラワーショップを経営して行くためには、技術に加えてかなりの経営努力も必要だそうです。多い時にはこの界隈に6軒のお花屋さんがあったそうですが、現在ではフローリストイグサ以外には、坂を下った槍ヶ先交差点の近くに1軒あるだけとか。その事実が、代官山という地価の高い場所で営業し続ける難しさを物語っています。
宝石のような良質なものを扱っているお花屋であり続ける
外から見ると緑があふれ、とてもステキな外観の「フローリストイグサ」。

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
でも、観葉植物だけではなくて生花もたくさん扱っていることが、外からではなかなか伝わらないのが悩みだそうです。
というのもお店は南向き。光が燦々と差し込む店内は観葉植物にとっても、私たちにとってもすごく居心地がいいのですが、

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
鮮度が命の生花にとって直射日光は大敵。なので、ショーケース(フラワーキーパー)は、光が当たらないように外から見えにくい場所に配置されているのです。
「表からだとグリーンショップにしか見えないんですよ。それが逆に、花束でもグリーンをベースにカラーをつける、というイグサらしさになっていたのですが、生花があることをまだまだ知らない方がいらっしゃるので、これからはお花のレッスンとか、Webサイトの強化とか、しっかりやっていきたいですね」(隆さん)。
とはいえ、Webサイトを見て注文するお客様もとても多く、プロポーズ用の花束を頼みたいという相談が増えたり、海外からの注文が増えたり、地方から地方へ発送してほしいという注文が入ったりしているそうです。
「代官山ブランドじゃないですけど、そこに魅力を感じてくださるお客様もいらっしゃるということですよね。プロポーズは成功率もどんどん上がっていて、まずはここに相談するといいんじゃないか、と思ってもらっているようで。成功すると後日メールをくれたり、2人で来てくれたりとかして嬉しいですね」
隆さんの書くブログ「DAILY IGUSA」には、プロポーズについてこんな記事が載っていました。
このお店なら、大事なプロポーズを託したくなる。そう思わせてくれるセンスのいい写真と文章ですよね。私も、真っ赤な薔薇とともに、もう一度プロポーズされてみたい(笑)
Webサイトに英語バージョンはなくて全て日本語なのですが、「日本の彼女に送ってほしい」等と、海外からの注文も増えているとのこと。ツアーバスで代官山にやって来るアジアやヨーロッパからの観光客も、お店の中に入って来てお花の写真を撮りたがるそうです(店内の撮影は禁止です)。
私は知らなかったのですが、日本の花の鮮度と色、お花屋さんの技術の高さ、美しい花束は海外の人にとってはものすごく憧れなんだとか。ニューヨークでは日本のスイートピーが倍の値段で売れたりするそうで、長持ちしてキレイな日本の生花は、ニューヨークを始めフランスやオランダにもたくさん出荷されているそうなんです。

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
となると、2020年の東京オリンピックの時には、もっとたくさんの外国の方達がお店を訪れることが予想されます。
「五輪だけを視野に入れているわけではないのですが、こういう立地なのでちょっと日本代表みたいな感じでいかないといけないかな、みたいな思いはありますね。でも、まずはやっぱり、国内需要を高めないと、と思っています。
少し敷居が高いように感じられるかもしれないですが、お花屋さんの中でも宝石を扱っているような、良質ないいものを正直な値段で売る、こだわりのお店であり続けたいなと思っています」(隆さん)
季節の一歩先を行くのがお花屋さんの商材ですが、3月いっぱいはまだまだ春真っ只中。チューリップ、スイートピー、フリージア、そしてパクチーやクレソンなどが店内を春らしく彩っています。
私も実際にお店に入ってお話を聞かせてもらって思いましたが、敷居は高くないし、隆さんもとても話しやすい方なので、春の空気を楽しんでお散歩しながら、ぜひ、ふらりと立ち寄ってみてほしいなあ、と思います。「ポッケの小銭で買っていただけるものも、ありますから!」(隆さん)
そして、その際にはぜひ、隆さんのオススメ「トムスサンドイッチ」へも是非! ヒルサイドテラスで一番古いサンドイッチ屋さんで、フローリストイグサと同じく二代目となる娘さん2人がお店を切り盛りしているそうですよ!

フローリスト イグサ提供=OLYMPUS DIGITAL CAMERA
この半世紀の代官山の歴史を作り上げてきた、ヒルサイドテラス。フローリストイグサは、そのヒルサイドテラスとともに成長し、代官山から全国へ、そして世界へと名を知られるほどに成長してきました。
古いものと、新しいもの。ナチュラルさと、洗練された都会感。そんな相反するものが、とてもいい具合に共存するのが代官山であり、ヒルサイドテラスであり、フローリストイグサなのかな、と思います。ヒルサイドテラスのレジェンドか、これからどんな歴史を刻んで行くのか、新たなる半世紀がますます楽しみです。
【フローリストイグサ】
住所/渋谷区猿楽町18-12 ヒルサイドテラスG棟1F
TEL/03-3461-8787
営業時間/OPEN 9:30 – CLOSE 19:00
定休日/年中無休
http://florist-igusa.com/
https://www.facebook.com/Florist-Igusa-456005581096399/
【トムスサンドイッチ】
住所/渋谷区猿楽町29-10 ヒルサイドテラスC棟1F
TEL/03-3464-3045
営業時間/OPEN 11:30 – CLOSE 15:00※16:00-18:00は完全事前予約制
定休日/水曜日
http://hillsideterrace.com/shops/517/
平地紘子(ひらち・ひろこ)
シブヤ散歩新聞・副編集長。フリーライター/ヨガインストラクター。10年以上お堅い新聞記者だったのに、3年間のアメリカ生活でヨガインストラクターに転身。でもやっぱり、書くのも好き。かなり色黒なので「サーファー?」と聞かれるけれど、見かけ倒し。スッピンのまま自転車で中目黒界隈を駆け抜けているだけです。ヨガウェアで魅せる筋肉美が最近のプチ自慢。フィットネスやマッサージなど、体にいい情報をお伝えします!
yoga teacher HiRoko HiRachi